鶯歌陶磁博物館(位置情報サービスなし)
歓迎の言葉
陶磁博物館を代表して、皆様を歓迎いたします。2000年にオープンした陶磁博物館は、台湾で初めて陶磁器をテーマにした博物館です。台湾の陶磁器に関する文化財の収集、保存と調査活動を行い、陶磁産業の向上促進、並びに陶芸文化の普及、発展に力を注いでいます。館内の展示は主に、二つに分かれます。常設展では台湾陶磁の発展と特色を紹介し、3階の特別展では定期的に国際展、コンペ展や、台湾現代陶芸展などを開催しています。また、見る展示だけでなく、子供体験室や陶芸教室もあり、陶磁博物館にお越し頂いた方々に、陶磁器を手で触って楽しんでいただけます。ほかにも、国際陶磁芸術祭や梅干作りのワークショップなどのイベントを行っています。また、2008年にオープンした「陶磁芸術公園」では、広々とした大自然の空間で、陶芸作品を身近に感じていただけます。さあ、ごゆっくりと、陶磁器の旅を楽しんで下さい。
115 台湾伝統製陶技術
【台湾伝統製陶技術】
115展示室へようこそ。ご覧頂いているのは、陶磁器製作の手順です。この展示室では台湾陶磁器の製作過程と方法をご紹介します。左から右へ、全部で6つの段階があります。初めは陶磁器の元の姿、粘土が見えます。次に、処理した粘土を手や機械で成形し、形が整った素地に、さまざまな装飾を加えて釉をかけ、最後に窯に入れて焼成します。こういった過程は、なにも特別なところはないように見えるかもしれませんが、昔の人々の知恵の結晶と、数百年に及ぶ台湾の陶磁器の発展の縮図が秘められているのです。陶磁器の一つ一つが、職人の心と技を物語っているのが、よくお分かりになるでしょう。
【土】
粘土は陶磁器にとっての第一条件となります。以前は機械に頼らず、製作者自らが材料となる土を探し採取したものですが、シャベルをご覧頂けたでしょうか?
採って来た土は、直接使えないため、まず「土もみ」をします。土もみをすることによって、不純物を取り除きながら土の粗密を均一にして「上質の土」に仕上げます。これが終わると成形に入ります。
115 形
【形】
粘土を処理した後、次のステップは成形です。陶磁器の成形技術には、昔ながらの手作りと、現代的な機械成形の二種類があります。手作業の成形で最もよく見られるのが、紐造りとロクロ成形です。紐造りは、粘土を長い紐のように練って、下から上へ、輪を描きながら積んでいって形を作り、継ぎ目をなめしてから、最後に叩き締めて形を整えます。この技法は大型の容器に使われることが多く、甕などが作られます。ロクロ成形は、こねた粘土の塊を回転盤に置き、回転が一定のスピードになったら、両手で粘土を引っ張り上げ、押し下げて広げ、形を整えていきます。機械成形の技術は、日本統治時代になってから台湾に導入されました。機械と型を使って、大量に同じものが生産できるようになり、台湾の陶磁器産業を新たなレベルに引き上げました。
【ロクロ】
下の方にある、一番大きくて石の車輪のようなものが「中国式の蹴(ケリ)ロクロ」です。回転盤と車軸から出来ていて、福建省福州で最も広く使われています。見るからに重そうですが、遠心力と重力加速度を利用すると、非常に速く回すことができます。
別の二つのロクロはやや小さめですが、同じように優れた機能を持っています。これは日本時代に日本人が製陶工場に導入したロクロで、「手ロクロ」と「蹴ロクロ」の二種類があります。中国式のロクロは大きいため「大車」、それに比べて小柄な日本式ロクロは「小車」と呼ばれています。
115 装飾
【装飾】
成形が終わり、陶磁器の形が整うと、次は「装飾」に入ります。表面を美しく飾るために、素地に彫刻や印花(インカ)、絵付け等を施します。どれも陶磁器に美しさを添えるための一手法です。
【釉】
陶磁器の外観を美しく整えると、次は施釉に入ります。釉薬(ユウヤク)を塗り焼成すると、釉薬は硬いガラス質に変わり、陶磁器の表面に強度を与えるとともに、美的効果も得ることができます。これは陶磁器の重要な特色の一つともなっています。
【釉薬の掛け方】
基本的に釉薬の掛け方には「浸し掛け」、「流し掛け」、「噴き掛け」、「刷け塗り」などがあります。「浸し掛け」は素地を釉薬に浸すやり方で釉薬が均一に付きます。「流し掛け」は釉薬を流し掛けるやり方で浸し掛けに適さない素地に用います。「噴き掛け」は素地に釉薬を噴きつけるやり方で、グラデーション効果を出
すことが可能です。「刷け塗り」は筆や刷毛を使い、特定部位の装飾に用いられます。展示スペースには施釉に実演映像の他、初期の伝統的な釉薬から現在よく見られる釉色表現までさまざまな作品を置いています。どうぞ、多彩な釉薬の世界をごゆっくりご覧ください。
115 火
一つ一つステップを経て、ついに窯入れです。900度から1000度を超える高温が釉薬に劇的な変化を起こし、息をのむ色合いを生み出します。窯の構造に応じて焼成技術も完成品も大きく異なってきます。
窯の中の温度による物理的そして化学的変化の他に、窯の中の気体の科学成分の状態も粘土や釉薬に大きく影響するのです。『酸化焼成』は十分な空気を送り込むことで、粘土と釉薬に科学変化を起こさせます。『還元焼成』は窯の中の空気を意識的に不足状態にすることで色艶に変化を生み出します。
数百年に渡り、台湾陶磁器の窯は幾多の変革を経てきました。初期に盛んだった包子窯、蛇窯、目仔窯、錦窯。1950年代には四角窯、八卦窯、ガス梭窯、電窯、隧道窯、滾軸窯。1970年代になると鶯歌には四角窯の煙突が林立するようになりました。このエリアの展示ケースでは各種の窯の模型を見ながら、焼成過程を理解していただけるようになっています。皆様のお越しをお待ちしております。
201 これまでの道のり
【これまでの道のり】
201展示室へようこそ。ここでは、文化と生活の面から、台湾陶磁器の発展史を振り返ります。まず、台湾の古地図をご覧ください。中国と日本から製陶技術がどのように台湾に入ってきたか、そして台湾の陶磁器が南から北へと発展した様子がわかります。その次に、時間軸と空間軸に沿って、17世紀のオランダ時代から現代までの台湾陶磁器の発展プロセス及び特色をより深くご紹介します。このほか、陶磁器で作られた神仏像や、陶磁器による生活用品、建築用のレンガと瓦、廟の装飾に使われた交趾焼などもご覧いただけます。台湾において陶磁器は、信仰、日常生活、建築に重要な役割を果たしていることを示しています。
【各時期の概況】
壁に昔の写真がたくさん貼られていますが、これは各時期の台湾陶磁器の発展を紹介したものです。オランダ統治時代、明朝、清朝へとじっくりご覧ください。台湾の陶磁器や窯に関する文献によりますと、台湾の製陶の歴史は約300年以上を前に遡ることができます。鄭成功が台湾にきた後、台南では既に住民に焼き物技術が伝わり、台湾の陶磁器の歴史が始まっていたのです。
真ん中のボードは日本時代です。日本人が新しい技術を導入したことで、台湾の製陶技術は一層改善されました。その後、1960年から70年代にかけて機械化設備の導入により、更に飛躍的な発展を遂げました。1980年代以降、陶磁器の輸出の増大により、陶磁器は台湾の名産品となり、現在に至って、陶磁器は日常生活や建築物で使われているだけでなく、貴重な芸術品ともなっています。
【信仰と陶磁】
民間信仰の中では、陶磁器で作られた神仏像が沢山あり、信仰が陶磁器製作をより豊かにしたと言うことができます。水瓶(スイビョウ)と柳の枝を手にした陶磁器製の観音菩薩像を思い起こしてみて下さい。一般的に陶磁器による神仏の像は比較的小さ目なので、大部分は型おこしをしてから細部を装飾します。そのため、同類の神仏像はどれも同じような趣を持っています。この中で、幾つの神仏像をご存知ですか。観音菩薩・三国志の関羽・鎮守様・媽祖・弥勒菩薩・達磨、全部探しだせましたか?
201 衛生陶器
【衛生陶器】
ここに展示しているのは、台湾の衛生陶器の発展過程です。昔のトイレは、屋外にある溝式の厠で、部屋の中は、夜用のしびんが置いてあるだけでした。日本統治時代になると、政府が衛生改善運動を推進し、清潔に保てるように、各地に衛生陶器設備を使うように要求しました。政策に従って、多くの窯場で陶器の和式便器と小便器の大量生産が始まり、機関や団体、学校などに供給されました。戦後は、邱和成の創設した「和成製陶部」が率先して腰掛洋式便器を開発し、最初の量産品は、台湾省庁に使われました。今日、台湾で生産されている衛生陶器設備は、種類も多く、美観と実用性も兼ね備えて、毎日の生活を快適にしてくれています。
【建築と陶磁器】
建築に用いられた陶磁製品は、最も基本的なレンガ、瓦やすかし窓から、華やかな交趾焼の装飾まで、非常に多彩です。台湾のレンガは、通常、灰色とオレンジ色の二色があります。灰色はキメが細かく、防水性があります。オレンジ色のほうは、質はちょっと落ちますが、中華文化圏には縁起の良い色なので、人気があります。このコーナーでは、台湾の昔の屋根瓦を比べていただけます。役所や寺などでは筒の形をした丸瓦で葺いてあるのに、一般の民家は少しカーブした一枚一枚の平瓦を使うのです。また、昔の「マジョリカ・タイル」、いわゆる装飾タイルは、日本人が西洋の技術を学んで生産したもので、台湾に輸入した建築用陶磁製品です。鮮やかな発色と図案の美しさから、日本統治時代には建物や家具への象嵌が、たいへん流行しました。こういった色鮮やかな壁面装飾と、台湾早期の建築士が工夫を凝らしたすかし窓は、今日ではなかなか見られない貴重な文化財となっています。
【交址陶】
緻密で美しい交址陶は「多彩軟陶釉」に属す、台湾特有の陶磁器です。この種の彩陶技術は中国を発祥地としています。台湾においては台南と嘉義一帯にいち早く伝えられましたと思われます。
最も有名なのが「葉王交址焼」です。葉王は本名を葉麟址と言い、嘉義と台南地方の多くの廟の装飾は、葉王の手によるものです。主な作品には各種神仏像、神話や伝説、小説や戯曲の人物等があります。どれも生き生きとして真に迫り、色使いも鮮やかで、国宝級の作品とされています。
一般に交址陶の大多数が寺廟、裕福な家の屋根や壁の装飾に用いられています。壁には「王昭君」の像がありますが、憂いを帯びた表情がまた美しさを感じさせてくれます。
202 陶磁器の町
【陶磁器の町】
202展示室へようこそ。ここでは、清代から現在まで、およそ200年の鶯歌陶磁器の歴史をご紹介します。鶯歌陶磁器の元祖は、清代に福建から移民してきた呉鞍(ごあん)です。陶磁器に適した粘土、燃料、また製品の販売に役立つ水運交通に恵まれている鶯歌のことを知り、呉鞍は率先して尖山埔(せんざんほ)一帯に窯を設け、家族経営の事業に発展させました。日本統治時代になると、政府は鶯歌に鉄道と道路を建設し、鶯歌の陶磁器輸送がより便利になりました。特に、日中戦争が始まると、日本軍の大量注文に応えるため、たくさんの窯で機械設備が導入され、生産スピードがアップし、鶯歌の陶磁器は専門生産の道を歩んでいきました。ここに展示している文物と貴重な記録映像を通し、鶯歌陶磁器の発展の道のりとその独特の地位を、ご理解下さい。
【狗母鍋】
ショーケースの中にある土鍋のような鍋は、俗に「狗母鍋」と言われている鍋です。直火で加熱するため、瞬間的な温度変化に耐えられる強さが必要です。普通の粘土で作られた陶磁器は火にかけるとヒビが入ってしまうので、製作の途中で砂か熟料を入れて耐熱性を高めます。
【台湾式火鉢】
この小さな籠は、「火籠」と呼ばれ、昔の持ち歩き用の暖房器具です。小さな陶製の火鉢の外側には竹で編んで固定した籠になっており、使用する時は火鉢の内底に灰を入れ、そこに赤く焼けた木炭を置いて暖を取ります。
【トンネルキルン】
この窯は、鶯歌に現存する唯一のトンネルキルンを再現したものです。トンネルキルンは、タイルを焼くのに使われます。長さは100メートル以上に上ります。窯の中は三段階に分かれ、初めは予熱ゾーン、中段が焼成ゾーン、最後が冷却ゾーンです。出来上がったタイルの素地を台車に積み上げ、一台一台、窯に送り込んで焼きます。24時間連続で焼き続けることができるので、効率が高いのが特徴です。
203 考古の旅
【考古の旅】
203展示室へようこそ。有史以前、原住民と台湾現代の陶磁器文化を一度に体験できる、時空を超える旅へ出かけましょう。薄明りの中で、考古学者のように発掘現場で出土した文物を観察したり比べたりしてみてください。このディスプレイは、「文化層」の概念を運用しています。つまり、最も下の層には、有史以前の陶磁器、中間層には、原住民の陶磁器、上の層には明清以来漢民族が使ってき陶磁器が展示されています。温度、図案装飾、祭典、実用性といった様々な角度から、陶磁器文化を探ってみてください。
【陶器の形】
この展示棚は陶器の形や構造がテーマです。形や構造は煮方や盛り方を考えて設計されました。先史時代の陶器の中で最も多いのが、壺や鉢の形をした器です。機能性を考慮した器の殆どはしっかりと固定されています。例えば腹部の丸い鼓・口の小さい壺・口の広くて底が丸い鉢類・長い柄がある杓子等、考えてみると、今でも種類は同じですよね!これら基本的な器の形は先住民が使用し始めた後、漢民族の生活の中に溶け込み、今でも使われているのです。
【実用陶器】
これは蔦松文化に属する鉢と陶器製の三脚台です。当時の人は三脚台で鉢を支え、煮たきしていました。下から柴を燃やし、鉢に水を入れてご飯を炊いたり、お粥やスープを作ったりしていたのです。この外面白い炊事道具に、アミ族の陶製の鍋があります。上下の鍋の真ん中に多くの穴が開いていて、下の鍋の水が沸騰すると、その蒸気が自然に上の鍋に伝わって、食べ物に火が通る・・・つまり現在の蒸し器なんです。「民は食を以て天と成す」と言いますが、昔の人も陶器を作る時には料理を作る実用的な陶器を沢山発明していたんですね!
203 十三行陶偶
【十三行陶偶】
ご覧下さい!この展示台には十三行遺跡とダウ族の「陶偶」が展示されています。「陶偶」と言うのは暇つぶしに指先で作った小物のことです。先史時代の遺跡からは、このような陶偶は余り出土していないため、展示されている物は皆とても珍しいものです。右下にある十三行遺跡の陶偶には、今も尚、当時の先史時代の住民のイメージが残されています。この娘さんの「陶偶」ではふくよかな胸、そして右手を挙げて大きく口をあけた口は、嬉しそうに歌でも歌っているようです。耳たぶのピアスの穴。先史時代の人達にもピアスの習慣があったことを見事に証明しています。首からはネックレスを掛けていますが、きっと花も恥じらう年頃の美しい娘さんなのでしょう。惜しいことに、腰から下は壊れていて全体の様子を知ることはできません。
【ダウ】
次によくご覧になっていただきたいのは、黒っぽい泥人形です。これは蘭嶼島のダウ族、つまりヤミ族の作品です。台湾の先住民の中で、ダウ族の製陶技術は数少ない現代にまで伝えられたものです。ダウ族は生活と関係のある陶偶をよく作りました。いとも簡単に陶偶を作り、生活の記録が生き生きと残されています。今皆さまがご覧になっている二人が抱き合う姿を表現したこの人形は、頭に蘭嶼特有の銀製の三角錐の帽子をかぶり、褌を身に付け、互いに押し合い相撲でもとってる様子には、蘭嶼の男性の造型上の特色が表現されています。原始芸術は、シンプルで自然な造型、天真爛漫で純朴なおもむき、飾り気のなさが特色です。陶偶を作ることは先住民にとっての楽しみでした。
さて、陶偶鑑賞の次は展示台の上に並べてある陶製の楽器です。笛の一種である陶製の塤(けん)や笛など、とてもよくできていて、音色も幽遠で象徴的な情緒をもち、格別の味わい深さがあります。
204 精密セラミックの世界へ
【精密セラミックの世界へ】
204展示室へようこそ。これまで、陶磁器とテクノロジーの関係を考えたことがありますか?実は、電子、航空宇宙の科学技術やバイオ医療など最先端の科学分野において、陶磁器は重要や役割を果たしています。この展示室では、陶磁器の構造的、電子的、磁性的及び光学的な特性をご紹介します。陶磁器は、まるでマジシャンのように、思いもよらないハイテク製品の中に隠れていて、我々の生活に密着しています。お手許の携帯電話にも、精密セラミックが入っていますよ。昔ながらの姿も、新しい顔も、古くから今まで、陶磁器は人類のかけがえのない友達なのです。
【構造的特性】
陶土の元々の粒子の構造はサラサラしていて、普通の土と余り変わりませんが、高温で焼成すると変化が生じます。即ち顆粒状が緻密な構造に変わるので、高温緻密化処理をすると、陶磁器は非常に質の良い無機非金属材料となります。
ですから、陶磁器材料には耐酸塩基性・耐磨耗性・耐熱性・絶縁性を持ち、加えて原子間に強力な結合力があり、構造も安定しており、外界の影響をあまり受けないため、工業界きっての良い材料となっています。もちろん台湾産業発展の標識ともなっています。酒甕はこの陶磁器の耐酸塩基の特色を応用したものです。
こちらには以前家庭で使われていた、シンプルな電気スタンドがありますが、これは絶縁体である陶磁器の性質を利用し、生活に必要な明かりを提供している例です。それから、この小さな薬瓶(くすりびん)!聡明な昔の人々は陶磁器の化学的安定性を見込んで薬を入れていたのです。
204 知恵の陶磁器
【知恵の陶磁器】
これが今、話題のウェ-ハ半導体です。
シリコンウェーハって聞いたことがありますか?台積電・聨電等の名前は耳にしたことがあるでしょう。シリコンウェ-ハは半導体産業の中のICの重要元素です。この僅か周囲が12インチ 、厚さ1mm、全体から発する金属の輝きをもつシリコンウェーハは整然と並べたシリコン分子を大きく育てただけ!そして陶磁器材料のシリコンがこんなに純度の高いシリコンウェーハを作りだすなんて思いもよらないでしょう!
シリコンウェーハは純度99.9999%のシリコン鉱から抽出したものです。普通は3日間の時間をかけて、全ての雑物を除きます。間隙のない単結晶を切断し、表面研磨の処理を経て、バランスのとれた厚さと鏡のようにフラットなシリコンウェーハが仕上がります。全てのシリコンウェーハは沢山の長方形のチップに分けられ、私たちの大量の情報の記録として使われます。思考と計算が可能な知恵の陶磁器です。
【e陶磁器】
PDAとカメラと携帯電話が呼んでいます。まばゆいe陶磁器と光学陶磁器エリアは目の前です。今はなんでもeの字を付けなければ時代遅れの感じがありますが、陶磁器もこの流行隊の一員なのです。でも陶磁器とeライフとは関係があるのでしょうか。勿論あります!今私たちが使っている携帯電話は益々小型化されています。でもどうして水差しのように大きかった携帯電話が、一変して名刺の大きさになるのでしょうか?それはレジスターの発展からその不思議を理解出来ます。早期に使用されていたレジスターの体積は大変大きいものでした。もし小型の携帯電話機にとりつけるとすれば、自然に体積も小さくしなければなりません。しかし、縮小した後のレジスターは金属が緊密すぎて電磁波が相互に邪魔をする現象が起き、キャッチ情況が良くありませんでした。
ところがセラミックレジスターが登場してから、これらの問題はなくなりました。それに加えて超小型のセラミックコンデンサーや電気センサーブザー・チップ等により、現在の携帯電話は軽くて、とても良く聞き取れます。セラミックはeセラミック時代にあって、電子製品を小型化に向かわせる重要な鍵を握っているのです。
202 三つの宝
【三つの宝】
鶯歌には三つの宝があります。三つとも、鶯歌の陶器産業を盛んにさせた大事なものです。分かりますか?三つの宝とは、粘土、石炭と鉄道です。鶯歌の土が陶磁器に適していることは有名ですが、実は、鶯歌には石炭資源も豊富なんです。窯の燃料にもなりますし、外地に売ることもできました。石炭生産量が一番多かったころには、鶯歌駅は台湾で石炭輸送量第三位で、鶯歌陶磁器の積み替え駅でもありました。当時、朝早いにもかかわらず、駅には陶磁器の行商人がつめかけ、汽車に乗ってよその町に出かけようとしていました。鉄道ができる前、鶯歌の陶磁器は大漢渓を通して、大稲珵まで運んで売られていました。大漢渓の岸辺には、今でも昔の渡り舟の桟橋が残っています。こういったもの全てが、鶯歌陶器産業の繁栄史の証なのです。
【戦後の陶磁器製品】
先達の苦労を偲んだ後、見えてきた古い列車に積み込まれているのは、いろいろな碗や皿、タイル、陶磁器製コンセント、便器等、日常生活に用いる陶製品です。右端の陶磁器製コンセントの側に特殊な「防塩カバー」がありますが、おわかりですか?これは沿海地方でよく使われるカバーで、空気中の塩分による侵食を防ぐためのものです。その左手にあるのは「生意(商売)碗」といわれるものです。器の形は上下にはっきりと別れており、開口部が大きく底が狭くなっているのが特色です。実はいくらも入らないのですが、とにかく大きく見える、屋台専用のお碗です。
この古い列車は戦後から現在に至るまで、鶯歌の様々な製品を載せて運びました。鶯歌は1970年代から80年代にかけて台湾窯業の要(かなめ)となり、現在までその道のりを歩み続けてきました。鶯歌の陶磁器列車は今も走り続けていますが、陶磁器製の日用品は減少の傾向にあり、科学的な陶磁器へと発展するのではなく、生活陶芸或いは精緻な美術陶芸へと変化しつつあります。鶯歌の街を歩けば、こうした印象がもっと強烈に感じられるかもしれません。